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で、田村秀行はどこいったの?★★★

1 :名無し:01/10/20 15:49
そういえば、あの「現代文講義」の田村秀行。
彼の姿も最近見ないけど、どうしたの?
辞めたとか?

2 :エリート街道さん:01/10/20 16:42
彼のやり方はまず全文を読むという点はスマートではない。
個々の設問の解法はスマートだが。

3 ::p@u:01/10/20 16:48
???

4 :;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:01/10/20 18:04
そう言えば本当どこ行ったんだ?

5 :名無しさん:01/10/20 18:06
古典関係の本を書いてますよ。大伴なんとかという名前で。

6 :名無しさん:01/10/20 18:07
>>2
でも、ややこしくて役に立たず、そのうえ説教くさい酒井などに
比べればやはり現代文では1番では?

7 ::01/10/20 18:08
代ゼミはやめたってことか?

8 :名無しさん:01/10/20 18:18
現代文講義は使える。あ

9 :^^^^^^^^^^^^^^^:01/10/20 22:29
こいつら馬鹿ばっか。
全然質問の答えになってない。
っていうか、こいつら一応受験生もしくは大学生だっけ?
笑・笑・笑・笑・笑…

10 :名無しさん:01/10/20 22:31
質問に答えなきゃいけないの?(藁。
馬鹿はお前だろ。

11 :^^^^^^^^^^^^^^^:01/10/20 22:38
っていうか、質問の答えを求めるスレなんだよ!(糞。
馬鹿はお前だろ。

12 : :01/10/21 00:45
俺も気になるなー。奴の参考書は使える。

13 :名無しさん:01/10/21 00:49
7月に出た田村の現代文 年間カリキュラムどう?

14 :]]]:01/10/21 02:18
要はリストラでは?
田村は例の参考書のおかげで知名度はかなり高かったけど、
授業の方はいまいち評判はよくなかったし…。

そもそも田村秀行の名前を一躍全国区にしたあの『現代文
講義』シリーズも、最初に出版されたものが高い評価を受
けたのであって、今出てる改訂版の方は、うちの兄貴によ
ればかなり質が落ちてるということだ。

『現代文講義』が出版される以前の田村の授業は、英語の
富田一彦のようなかなり緻密な読解授業をしていたらしく
(ちなみにその当時はまだ冨田一彦なる英語講師は代ゼミ
には存在しなかった)、その授業を忠実に誌面に再現した
ものが「初代・現代文講義」だった。

また、現在は、代ゼミの『早大現代文』といえば酒井敏行
の独壇場だが、その当時は『早大現代文』といえば田村秀
行であり、代ゼミ夏期・冬期講習のまさに目玉講座のひと
つだった。

しかし、本の爆発的な売上げによって築いた代ゼミ国語科
での不動の地位に甘んじたのか、田村は「本に書いたこと
をいちいち授業では繰り返さない」と公言し、その結果、
実に中身の薄い授業をするようになってしまった。
しかも「早稲田の問題は悪問」と言い放って自ら『早大現
代文』を辞退。また、数年後には「質問のファックスがう
ざい」という理由ですべてのサテライン講座も辞退。

よって代ゼミからすれば田村秀行という講師の存在は、人
気があるから利用価値はあるといった程度のものであり、
ここ数年のような状態では、はっきり言って飼っておく必
然性のまったくない講師となっていたのだ。

15 : :01/10/21 04:06
さんくすです。

16 :荒らし:01/10/21 04:08
現代文講義1 は結構いいと思うぞ。

17 :大伴家の人々:01/10/21 05:32
今は「年間カリキュラム」の版元である栄光ゼミナール系の予備校で
教えているらしいです。大伴茫人のペンネームで、「姫様と紀貫之の
おしゃべりしながら土佐日記」(洋泉社)という本を出したり、
NIFTYの短歌フォーラムに出没したりもしています。

>>14
私は数年前に田村先生の授業を受けてましたが、良かったですよ。
最近では東大現代文や好きな古文の授業も担当されていたらしいので、
そう冷遇されていたわけではないと思っていたのですが。

18 :名無しさん:01/10/21 06:50
中身が薄い?俺は改訂版の方が良いと思うが。
授業も良かったし。

19 :]]]:01/10/21 11:29
>>14
冷遇されていたかどうか。それはあくまで人伝いに聞いた推測で、
事実はわかりません。冒頭に「?」があったはずです。

しかし、いずれにしても田村秀行が受験現代文の学習法、さらには
日本人の若い世代の文章読解力に対する大きな貢献をした、という
事実は評価されるべきでしょう。

とにかく兄貴の話によれば、当時あそこまで現代文の読解法に関し
て体系的にまとめた本はなかったし、その後ぞくぞくと出版された
現代文系の参考書(たとえば出口などメジャーなものも含めほとん
ど)は、
「現代文講義で説かれていたことのコピーにしか思えない」
とも。

20 :名無しさん:01/10/21 11:32
田村の出身大学は?

21 :名無しさん:01/10/21 11:38
1浪で京大。本人は計画浪人と言ってたがそれは現役で入れなかった者の言い訳。
出口は3浪で関西学院大学博士課程卒。相当金と時間を無駄に使ったような気もするが。

22 :ノリノリ大魔神 ◆qRE0uBDA :01/10/21 11:40
京大文学部哲学科卒だよ

23 :名無しdesuyo:01/10/21 11:50
>>19
確かに田村秀行のやった仕事というのは、とても大き
かったと思います。
受験に文化があるとすれば、
 *伊藤和夫『英文解釈教室』
 *森一郎『試験にでる英単語』
 *田村秀行『田村の現代文講義1 評論編』
この三冊は確実にひとつの時代を築いた、もしくは時
代を変えた参考書と言ってよいでしょう。

>>19で指摘されているように、田村以降の現代文参考
書は確かにほとんどが田村のコピーといっても過言で
はないし、現在30歳から40歳ぐらいで活躍してる
現代文予備校講師は間違いなく、『現代文講義』のセ
ンセーショナルな登場を目の当たりにした世代であり、
少なからず大きな影響を受けているはずである。

現在第一線で活躍する英語講師でも、代表的には冨田
一彦などが見受けられるが、はっきり言って彼の理論
だって基本的には伊藤和夫のコピーに過ぎない。

「流れに上手く乗った者」
   そして、「流れを変えた者」

田村秀行は、後者の仕事をしたという意味では革命児
であり、あるひとつの時代を象徴する存在であり、当
然、評価されねばならないだろう。

24 :!!:01/10/21 13:41
↑たしかに。
伊藤和夫前と後って明確に区分できるし、
田村秀行前と後ってのもある気がするよ。
学歴社会である日本社会では、受験ってたしかに
ひとつの文化だと思う。

25 :.:01/10/21 15:09
世代により思い入れのあるドラマとかアニメとか歌とかって
違うように、受験参考書とか予備校講師なんかも世代によっ
ていろいろ違うみたいですね。

26 :みんな詳しいな:01/10/22 05:07
今日はBSマンガ夜話がやっとったが、
それを見た後でココを覗くと
もう一度「夏目の目」を見ているような気分になってきた。

正直、講師がどうやって現代文を教えられる能力を身につけたかを知りたい。

あまり詳しくは知らんが
「徳は教えられるか」という古来の哲学的テーマにつながっている気がする。
聞くところでは、「教えられる」としたのがソフィストの立場であったそうな。

27 : :01/10/22 05:11
 

28 :大伴家の人々:01/10/22 05:50
田村先生の方法論は、「現代文は語学なのだから、
英語や古文と同じように文法的・構造的に読む」という
言葉に集約できます。ただ、もともとは「文章は主観的、
かつ多様性を持って読まれるべきだ」という持論があった
ようで、どのようにして客観的な読解にたどりついたのかは
興味深いところではあります。代ゼミに入ったのは
世界史の武井正教先生の授業に感銘を受けたからだ
そうですが、あまり現代文とは関係なさそうですし。。

>>23
確かに田村先生の前と後では違いがありますね。
藤田修一先生や堀木博禮先生も後の講師に与えた影響は
大きいですが。出口先生なんかはこの三人のいい所取りを
している感があります。(もちろんそれが悪いというわけではないです)

29 :名無しdesuyo:01/10/22 12:10
>>28
堀木博礼(あえて『礼』と表記させていただく)も大きな仕事をした予備校講師
のひとりではあった。駿台の東大現代国語といえば藤田修一であり、代ゼミは堀
木という感じだったが、当時、多くの駿台生は、東大現代国語に関してはほとん
どが代ゼミに流れていた。あの頃は予備校間の生徒獲得合戦(というよりは東大
合格者数獲得合戦という方が正確だが)が今にも増して激しく、特に代ゼミなん
かは合格可能性のあるほとんどの高校生に通称タダ券なるものを送りつけて、
「万が一浪人となった場合はうちへ…」なんてことやってた。でも、当時はまだ
東大受験=駿台という確固たる構図があったから、大抵の東大受験生は金払って
駿台入って、タダ券で代ゼミ、という掛け持ちが大勢いた。つまり、代ゼミを掛
け持ちするメリットとは、堀木の授業を堂々と受けられるから。はっきり言って
駿台生も藤田はあまり信用してなかった。

藤田の「イイタイコト」という方法論はいまひとつ体系性に欠けていたように思
う。単なる宣伝文句もしくはキャチコピーぐらいにか私には思えなかった。一方
堀木博礼は極めてオーソドックスで、特別体系的な方法論も掲げない正統派の講
師、授業だったが、その論理的な読解法、解答作成術は多くの受験生を魅了した。

田村秀行と堀木博礼の違いは、やはり体系性の有無ではないか。
堀木がいわゆる古典的な正統派国語講師だったのに対して、田村は、伊藤和夫の
構文主義の如き科学的アプローチをはじめて現代文に導入し、かつ世間に認知さ
せた。

>>14にあるように私も個人的には「初代・現代文講義シリーズ」の方が優れてい
るように思う。田村は改訂版において「私自身あの当時から比べて予備校講師と
して進化した」と述べ、改訂版出版の理由としているが、私に言わせれば退化で
ある。ぜひ、「初代・現代文講義」の再販を願いたい。

30 :みんな詳しいな:01/10/23 04:32
>28
>田村は、伊藤和夫の構文主義の如き科学的アプローチを
>はじめて現代文に導入し、かつ世間に認知させた。

ココが
「形式と意味が如何にして連続するか(受験生の側で連続させるか)」の問題で
すべてが凝縮されている。

予備校講師は原則1年の時間的制約の中で
如何にして「誰でも出来る」ことを示そうかと工夫を凝らす。
これは分析に時間を使いすぎ(ex英文解釈教室)
肝心の「沢山の内容を考察する」という優先すべきことを歪めている。

31 : :01/10/25 07:50
保守

32 :名無しさん:01/10/27 21:42
age1

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